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新春エッセイ 小泉 武夫さん

正月粥・七草

正月粥

正月七日の七草粥
正月七日の七草粥

「朝早く粥をぬくめて、軟らかくして食べると、腸胃を養い、からだを温め、つばきがでる。寒い月にいちばんよろしい」とは、『養生訓ようじょうくん』(江戸時代)での貝原益軒の訓。日本人は昔から質素な粥を大いに食してきた民族である。

粥はもちろん日本だけのものではない。中国では古く明代に、朝廷で粥を互いに贈答しあったし、仏教の教えにも、粥は飢えと渇きを除き、大小便を整えるなどの利があるとして、その功徳くどくがいわれてきた。また現代でも、中国南部の地方では日常食のひとつとして、毎日三食のうち一食は粥食に当てているところもあるほどだから、粥食ではむしろ大陸の方が先輩格である。

粥は、米などを水分を多くして軟らかく煮たものであるから、米主食型の日本人は、稲の伝来直後から粥を食べてきた典型的な粒食民族である。ところで、日本人は古くから、米を焼く、煮る、蒸す、というさまざまな調理法で食べてきた。古くは焼いたものを「焼米やきごめ」、蒸したものを「いい」、煮たものを「粥」といったが、大半の食法は大昔から煮熟法、すなわち粥である。

粥はその固さによって固粥かたがゆ汁粥しるがゆに分けられるが、今日われわれが食べているめしは固粥に入り、一般にいう粥は汁粥に入れて間違いなかろう。ただし後者の汁粥の場合、昔から日本ではその濃さによって名称を付けて分けている。すなわち「全粥」とは米と水を重量比で一対五にして炊いたもの、「七分粥」は一対七、「三分粥」は一対十五、そして米一に対し水十の割合で煮て、汁だけをこしとったのは「重湯おもゆ」、全粥一に対し重湯九の割合で混ぜたのは「御交おまじり」である。病人食、老人食、離乳食など目的に応じてそのつくり方を決めているのは、いかにも日本食の細やかな発想から生まれた知恵である。

日本の粥には、白米を煮ただけの白粥のほかに、昔は麦、ひえあわ、トチの実、サツマイモ、大根、サトイモ、栗などの増量材料を入れたものが多かった。

味付けも塩だけのものから、茶で煮る茶粥、甘葛あまずらの汁で煮たもの、そして正月七日の七草粥、一月十五日の小豆あずき粥、八月一日の尾花おばな粥(疫病を除くとした粥で、ススキの穂や早稲の穂を黒焼きにしたもの、またその代用に黒胡麻を混ぜて食した)など民族伝承としての粥食も多い。

一方、日本には粥に似たものとして「雑炊ぞうすい」がある。粥との区別の基準は必ずしも明確ではないが、「御粥」という字がすでに、伊勢神宮の『皇太神宮儀式帳』(八〇四年)にみられるのに対し、雑炊は平安時代末期から室町時代にかけて塩雑炊や味噌雑炊、鴨雑炊などが現れているから、粥よりは後のもののようだ。

粥状に米を煮る時、粟、キビなどの雑穀や、あり合わせの魚介菜藻を混ぜ、また時には蕎麦そば粉、モロコシ粉などもねり合わせ、塩、醤油、味噌などで味付けする。米の節約のほか、回復気味の病弱者の栄養補給と消化吸収、そして冬期の保温食など、さまざまな目的により、昔から重用してきた知恵食のひとつである。

嗜好の雑炊としては、カキや卵、鶏肉などを加えたりもするが、なんといってもフグチリや寄せ鍋などの鍋物の残汁に飯を加えてつくる雑炊は、その美味しさに舌も舞うほどである。

なお、雑炊を別名「おじや」とも呼ぶが、これは「煮える」という意味の女房詞にょうぼうことばである。

七草

春の七草

正月には七草というものがある。この日は昔から、せりやナズナなど七種の若菜を粥に煮込んで食べる日である。これらの七種は、すべて越冬性の強い植物で、冬枯れの季節に青物を補給できるという、栄養的にも理にかなった行事である。これを食せば万病に効くと信じられてきた。なかでも、芳香性の高い芹は特に珍重されるが、その匂いの成分はピネン系やフェノール系化合物で、これは心身ともにはつらつとさせる薬効を持っている。

また日本には、餅によもぎ草を入れた草餅や草団子がある。蓬はキク科の多年草で、キク科に共通する特有の強い快香がある。この匂いの本体は、テルペン系のテルピノール、クリザンテノン、カンファーなどだが、これらの成分は山間の森林浴にも共通してみられる匂い成分で、やはり、気持ちを快適にする作用を有している。『延喜式』(平安時代)の「典薬寮」の中に、菊や蓬が薬餌やくじとしてすでに用いられていたことからみても、日本人の知恵は賢い。

貝原益軒は『養生訓』の中で、「香は正気を助け、邪気を払い、悪臭を消し、けがれを去る。たまには植物の匂いや香をいてそれを味わい、心を養なえ」と訓じている。

正月の七草粥も、五月五日の節句に家々の屋根の軒に蓬や菖蒲しょうぶをさしたり、湯に入れたりするのも、また秋に菊湯に入ったり、菊酒を飲んだりするのも、それらの植物から出る匂いには、邪気を払う神秘的な力があって、これを体にとり入れることにより、病気にかからず、延命になるという昔からの知恵が教えた習慣である。

農学博士 小泉 武夫さん

小泉 武夫(こいずみ たけお)さん

農学博士。
1943年福島県の酒造家に生まれる。

醸造学・発酵学・食文化論を切り口に、教育機関、新聞・テレビ・雑誌で食の楽しみと大切さを訴える。

現在、NPO発酵文化推進機構理事長、東京農業大学名誉教授、鹿児島大学客員教授のほか、多数の教授職や政府の委員・研究員を歴任。

 

 

一般社団法人 日本ツーバイフォー建築協会会報誌「ツーバイフォー」のVol.204 2015年新年号からの転載記事です。

(2015年1月1日掲載)


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