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新春エッセイ 小泉 武夫さん

小泉家の神棚(実在)

年送りの食

年の瀬も迫ると、何だか全国民があちこち走り回っているように忙しく見える。年賀状などのことを考えると気ばかり焦り、かえって手に付かない人も多いに違いない。

思うことあって、数年前から一枚も年賀状を書かない私としたところで、こうも年の瀬が大詰めとなると激忙という名の雨の土砂降りに出合ったような状況だ。そして毎年、こういう具合に慌ただしく皆が年越しの日を迎える。

今は儀式ばった年送りの夜の食事などなくなり、年越しそばで簡単に年を越す家が多くなったが、以前は大晦日の夜の食膳をオセチ、トシトリなどといって、大事なハレの食事とした。

子ども時代、私の家でもこの日は煮豆やイカニンジン、カズノコと豆の酢和え、ニシンの昆布巻き、酢憤すむつかりなど特別の料理をこしらえて、それを一晩中食べながら夜を明かしたものだった。

とにかく大晦日の夜は眠らずに過ごすものだと教えられ、もし、この禁を破れば、そのうちに白髪になるとか、顔にしわが出るとかと脅かされたものだ。若いうちに白髪になったり、顔中しわだらけになるのが恐ろしくて、眠いながらもずっと起きていたことが懐かしく思い出される。

訪れた年神様に侍座すべき夜であるのに、いびきをかいて眠り込んでいてはバチが当たるぞという意味だということが後になってからわかった。

この日は、夕方から年越しの行事が行われた。すす払いも終わり、すっかりきれいになった幅二間の神棚にしめ縄が張られて、そこにはお神酒、重ね餅、伊勢エビ、野菜などを供え、年神様を迎えた。太い蝋燭ろうそくに灯がともり、家族一同、酒造りの蔵人一同がその下に横一列に並んで拝礼、その後に正式の年越しの食事をいただいたものだ。

正月の食

元日の朝には再び全員が神棚の下に整列して二礼二拍手一礼してから、前日に供えた神饌しんせんを下げ、それを料理して皆でいただいた。これを食べると年神様の霊威が各人に乗り移り、新しい年を一つ加えることが出来ると考えられたのである。

昔はそば殻を焼いた灰で古器物を洗えば、多年の汚れもたちまち抜けて光沢を増し、また、金銀細工をするところでは、金箔を延ばすのにそば粉を用い、もし金銀粉が散ればそば粉に吸い込ませて寄せたという。この縁起をかついだのが商家の晦日そばだと言われる。

正月鮪(まぐろ)

マグロの名は、あの真っ黒い体色に由来する。漢字の「鮪」は、「有」の意味のひとつに「枠を大きく構えて囲む」があり、つまり「大きく外枠をえがいて回遊する魚」からきたという。

そのマグロを、年末年始はずいぶんと食べてきた。暮れに自宅近くの鮮魚市場で沢山買い込んでおくので、たちまち冷蔵庫はマグロで占められ、マグロ大好きの我が輩はそれを見るたびに、鼻のあなから熱い吐息がプープーと出る始末であった。

もちろん、多くは刺し身で食べたが、得意の「ネギマ鍋」や「マグロ茶漬け」でも賞味した。サイコロ大にコロコロと切ったものに、長芋をすりおろしたトロロをかけた、いわゆる「山かけ」は正月のぜんには、ことのほかうれしかった。マグロの赤桃色に真っ白のトロロ、その上にのせた、おろした緑色のワサビ。この三者の色具合がよろしく、御節おせちに実によく似合った。

上から数滴醤油しょうゆをたらし、ワサビとともに軽く混ぜるようにしてから、口で吸い上げるようにしてすすり込む。するとトロロに包まれたマグロは、トロロとともにピロロッ、ってな調子で口に入る。口の中はあっという間にトロロの耽美たんびなほどの淡い甘みに占められ、次にそれをむと、今度はその甘みの中から、マグロ特有の濃厚なうまみがチュルリチュルリとわき出てきて、それがワサビのピリ辛と出合って、口の中では収拾のつかない美味の混乱が始まるのであった。鼻孔から抜け出てくるトロロの甘いにおいとマグロの濃厚な匂い、ワサビのツンツンも甚だよろしい。

さらに味噌みそにも軽く漬けて賞味した。短冊に切ったマグロを、ほんの少しの酒と味醂みりんでのばした赤味噌に一日漬け、それをあぶってご飯のおかずにしたのだ。焙っているとき、味噌とマグロの脂肪あぶらが焦げる匂いで、腹の虫はグーグーと鳴きはじめる有り様で、その焼きたてを、炊きたてのご飯で食べた。まずマグロの一端にはしを入れてちぎり取り、その一部を飯にのせて食った。

一瞬、鼻から味噌焼きマグロの香ばしさと、飯の甘い匂いが抜けてきて、次に噛むと、まず飯の上品な甘い味がしてきて、直後に今度は味噌とマグロから、濃厚にしてコクのある、込み上げるようなうまみが突き上げてくるのであった。こんな美味うまい味噌漬けがおかずなら、何杯の飯が食えるのかしらと思いながらも、きりがないので三杯で止めた。

こうして正月そうそう、今年も我が肥満気味の体形を気にして一年が始まるのである。

農学博士 小泉 武夫さん

小泉 武夫(こいずみ たけお)さん

農学博士、特定非営利活動法人発酵文化推進機構理事長。
1943年福島県の酒造家に生まれる。

醸造学・発酵学・食文化論を切り口に、教育機関、新聞・テレビ・雑誌で食の楽しみと大切さを訴える。

東京農業大学名誉教授、鹿児島大学客員教授のほか、多数の教授職や政府の委員・研究員を歴任。

 

 

一般社団法人 日本ツーバイフォー建築協会会報誌「ツーバイフォー」のVol.208 2016年新年号からの転載記事です。

(2016年1月1日掲載)


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