一般社団法人 日本ツーバイフォー建築協会

【新春エッセイ】正月の初涎・二題  小泉武夫さん

喜知持

喜知持

今は居酒屋辺りで「キチジ食いてえ」なんて大胆な考えがわき出て、品代を見ると大抵「時価」なんて書いてあるものだから、「おっとっとっと、危ねえ危ねえ」なんて思ったりして心が萎えることもある。そのあこがれの喜知持(キンキ、メンメ、キンキンとも呼ばれる)は、昔は大層安く、 特に北海道海から常磐海まではその宝庫であったので、小名浜に近いところで育った我が輩は、この魚を実によく食べた。特に「喜知持」という名前が目出度い上に、白肌に鮮やかな赤色で染まっていることが吉兆魚ということで、正月には我が実家では年迎え魚のひとつに加えられていた。つまり正月の初涎の魚だ。
その煮付けの美味だったこと。大型の鍋にうろこを去り、腸を抜いたキチジを一匹、デンと入れ、それを酒、味醂、醬油、砂糖などで味付けし、じっくりと煮込んだものである。その出来上がりを平皿に盛ってみると、深紅だった体表にはやや飴色が混じり、唇辺りがピロンピロンして いる。心落ち着けて第一番箸! その身はプリンプリンしていて締まり、肉身と薄皮の間には白色透明の脂肪層があった。それを一箸むしり取り、口に入れた。瞬間、鼻からは醬油と味醂の甘じょっぱい匂いが入ってきて、舌の上ではトロリと脂身が溶けだし、そしてその中から、無垢と思われるほど上品な、肉身のうまみと甘みがじんわりと出てきた。
そして、その煮付けをご飯にかけて食べたときの美味の思い出は永遠に消えない。炊きたての白い飯の上に、その煮付けの背鰭辺りのプヨピヨした部分を箸でちぎり、載せる。まず、真っ白い飯の上にキチジの皮の赤い色が目に冴えて、まぶしいほど美しく、それを乳白色にして透明な脂肪層がキラキラと光らせてくれて、実に官能的光景だ。そして、その部分を箸でグッととり、口の中に入れた。すべての雑念を払って、ただただ無我の境地でかみはじめる。すると口の中では、飯から出てきたかすかな甘みの上にキチジの肉身からわき出てきた上品にして淡白なうまみ、そこに脂肪から溶けだしてきた濃厚なコクみが重なるのだから、おらあもう駄目だ、我慢ならねえとばかりに顎下に飲み下すのであった。
その後はエクスタシーの連続であった。そして、ふと我に返り、恍惚とした世界から目を覚ますと、何と茶碗に三杯もの飯が胃袋の中にすっ飛んで入っていたのであった。煮付けだけでなく、生のキチジの塩焼きも美味しく、さらに甘塩加減にして開き、それを乾いた正月の風に一夜干ししたものも実に美味であった。焼いている時、表面が焦げだしはじめると、ピューピッピッ、と鳴きだして私を誘う。ちょうどキツネ色ぐらいにまで焼き目が付 いたらば、さっとひっくり返して、今度は皮側を焼く。皮から香ばしい芳香が立ち、表面が膨れて焦げ目が付きだしたら焼き上がり。それを大きな皿にとり、まずじっとにらんでから、目玉辺りに箸を入れ、そこを食う。ブヨンブヨンしたゼラチン質と脂肪層とが口の中で一体となり、心はまたまた恍惚な心地となる。

 

車海老

車海老

不老長寿の縁起ものとされる海老は、正月料理に欠かせない食べものである。昔は伊勢海老を使ったが、今は大概車海老で彩りを添える。我が輩が正月に食べたのは、伊勢海老は神棚に供えたままだったので、大概は車海老の塩焼きだった。小さい時に覚えたその正月の味が忘れられず、今でも時々その塩焼きを楽しんでいる。頭も脚も殻も、何もかも付いているままのそのエビを金串に刺し、塩を振ってそれを強火の遠火でじっくりと焼き上げた。エビの殻はみるみるうちに真紅の美しさに変わり、焼き上がるころにはまぶしいほど鮮やかな赤一色に染まっていた。焼いている間、殻が焦げた部分からはずっと香ばしい匂いが鼻をやさしく攻めてきて、その食欲をそそる匂いは腹の虫をグーグー鳴かせ、涎を口中、あふれんばかりにした。
焼き上がって、まだエビの表面がピューヒューと鳴っている熱いうちに金串から抜き、それを皿にのせて、ひと呼吸置き、焦る心を無理やり落ち着かせてから、左手に頭部、右手に尾部をつかみ、互いを引っ張ると、ホコッという感じで頭部と胴体部が離れた。その瞬間、離れ目のところからほんの少々、白い湯気がふわりと立ってきた。 そこでも焦らず、落ち着いて右手の胴体部を皿に戻し、左手に残った頭部をちらりと見た。すると離れ目の円い筒のようなところから頭部の中がよく見えて、そこには山吹色のみそ、正しくは肝臓と膵臓なのだけれども、それがびっしりと詰まっていた。これは当たりだ、いいエビだと思うと、とたんに胸がドキドキし、顔がポーとあかく染まるのがわかった。そして、離れ目の円い筒にいきなり口を付けてから、チュウチュウと吸いはじめた。
すると、みその部分がドロドロとした感じで口の中に移ってきたので、今度は親指と人差し指を使って頭部を潰つぶすようにしたならば、中に入っていたみそはすべて口の中に入ってきた。それをじっくり味わうと、もう腰を抜かさんばかりのおいしさであった。特有の脂肪からくるコクみと、みそそのものの濃厚なうまみと甘み、そして殻から入ってきた焦げたところからの香ばしい匂いなどが相まって、そこには天然美味の境地があった。
皿に置いておいた胴の方は、丁寧に殻をむき、それを丸のままかじりはじめた。口の中はエビの甘みであふれ、それを持った指もべとつくありさまであった。こうして一尾をじっくり賞味し、二尾目は、頭部から搾り出したみそを小皿にとり、胴体部からのむき身をそれに付けながら食ったらば、腰抜かす寸前に両方のほっぺたを落としてしまった。


農学博士 小泉 武夫さん

小泉 武夫(こいずみ たけお)さん

農学博士、特定非営利活動法人発酵文化推進機構理事長。
1943年福島県の酒造家に生まれる。醸造学・発酵学・食文化論を切り口に、教育機関、新聞・テレビ・雑誌で
食の楽しみと大切さを訴える。東京農業大学名誉教授、鹿児島大学、琉球大学の客員教授のほか、
多数の教授職や政府の委員・研究員を歴任。