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冨永様邸訪問記

 

平成20年2月18日、築後80年以上を経る冨永様邸を訪問。現在、この家を守る冨永喜代子さんから貴重なお話をうかがった。建物は、数多くの災害に遭遇しているにもかかわらず、的確なメンテナンスにより室内外ともに特に劣化は見られず、一堂、ツーバイフォーの耐久性の高さを実感。竣工当時を偲ばせる趣深い佇まいに目を奪われた。

 

その存在自体がツーバイフォー住宅の長寿命を物語る

冨永様邸外観
▲80年超の風雪に耐え、さまざまな災害を乗り越えて、いまなお健在な冨永様邸外観。外壁はグリーン、開口部まわりはホワイト。その瀟洒なデザインは、いまもなお新鮮さを失わず、歳月を重ね風格を増している

残された資料等によると、冨永様邸の竣工は大正14年頃とされている。
施主の冨永初造氏は、アメリカ・シアトルに商用で赴任中、ツーバイフォー住宅に暮らしていた。その快適さと強さを肌で感じていた初造氏は、「帰国して家を建てるならツーバイフォーの家を」と考え、帰国が決まると設計を知り合いのアメリカ人に依頼、部材一式と設計図を神戸に向かう船に託した。神戸港に着いた部材一式は、小さな舟で自宅前の海岸まで運ばれ、日本人の大工さんが英語の設計図をにらみながら、何とか家を完成させたのである。

完成後まもなくして、冨永様邸は北但馬地震に遭遇する。その時、入浴中だった初造氏は、「これは大きい!」と裸で庭に飛び出したのだが、揺れがおさまってから建物を点検したところ、どこも壊れてはいなかった。昭和に入ってからは室戸台風(1934年)、阪神大水害(1938年)と2度にわたり床上浸水を体験。その後も大空襲やジェーン台風(1955年)など数々の災害に遭った冨永様邸だが、いずれも被害は軽微。阪神・淡路大震災時も東灘区は被害が大きかったのだが、冨永様邸はビクともせず、ツーバイフォーの強靱さを物語るエピソードには事欠かない。今回の調査でも、外部、内部、床下とも、特に劣化は見受けられなかった。

その強さ、優れた耐久性は、災害時の適切な維持管理と、定期的な点検・補修によるところも大きい。昭和55年に屋根の葺き替えと外部塗装の塗り替え、同63年には木製サッシの全面的な点検と一部の補修が行われ、10年に一度の外部塗装の塗り替えをはじめ定期的な点検・補修が当協会の会員会社によって実施されている。

 

建物の寿命を延ばす

南東側外観
▲南東側外観。
手前の平屋は後から建てられた離れ

現在、この家を守るのは、初造氏のご長男に嫁いだ喜代子さんである。喜代子さんは、この家に暮らすようになってから、日ごとに愛着が増していくといわれる。
「大きな部分や構造的なことはプロに任せていますが、細かな不都合は自分で補修しています。私、心底この家が好きなので、それがまた楽しいの! 古い家ですが、愛情をもって手を加えていくと、むしろどんどんよくなっていく、そうするとまた新たな愛着が生まれる、その繰り返しです」
ちょっとした隙間にはパテを埋め込み絵の具で塗装、洗面所の壁をくり抜いてタオル入れをつくり、カーテンや照明器具のカバーを手縫いするなど、ご自身のアイデアでいろいろ工夫されている喜代子さん。暮らしの変化に合わせて増改築にも積極的に取り組まれ、サンルームは仏間に、勝手口のタタキ部分は床を貼ってユーティリティに変身した。
こうして築後80年以上を経たいまもなお健在で、進化を続ける冨永様邸。文化庁より有形文化財に指定され、ツーバイフォー住宅の長寿命を実証するシンボル的存在となっている。

冨永喜代子さん 2階の和室 蓄音機 階段
▲現在の当主・冨永喜代子さん ▲2階の和室。ここは日本人の大工さんが力量を発揮。床の間には貴重な銘木が使われている ▲2階ホールに置かれた蓄音機もいまだ健在 ▲階段。使い込まれた木が味わい深い
リビング 東側外観
▲東側外観
リビングから玄関の風除室(正面)を見る
▲思い出がいっぱい詰まったリビング。暖炉もソファも竣工時と変わらず、上げ下げ式の窓も補修をしながら現在まで使われている ▲リビングから玄関の風除室(正面)を見る。玄関から直接リビングへと続く間取りも、当時は珍しかったアメリカンスタイル
竣工当時の写真など貴重な資料 有形文化財 ダイニング
▲リビングには竣工当時の写真など貴重な資料が飾られている。右上は初造氏のアメリカの住まい。ここにある家具類は、左上の写真にある船で日本に運ばれ、いまも使われている ▲長寿命な建物は有形文化財に ▲ダイニング。カーテンは喜代子さんのお手製。家具は竣工時のもの。食器棚はキャスター付きだったので、阪神・淡路大震災のときも倒れなかったという

 

(一社)日本ツーバイフォー建築協会会報誌「ツーバイフォー」のVol.172 2008年3月号からの転載記事です。

 

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